2016年4月30日土曜日

やりたいこと

 午後起床。少しズレが出てきている。廊下にある木箱を倉庫に移動させ、車をまわして荷降ろし、仕分け。 ガストに行き昼食。祝日は禁煙なので長居せず。すこしだけ読書。ビジネス書系だが、こういった本は単なる「オレの宣伝」みたいな本があったり、普遍性の高い本がひどい装丁だったりで、選ぶのが難しい。先日は昨今のIT系の状況をまとめたような本を流して読んだ(図書館で借りた)が、あまりの変化に驚いてしまった。パソ通からスマホ登場くらいまでは一直線だが、この頃は構造そのものが変化しはじめている、というかすでに変化している(気がする)。浦島太郎感がすごい。
 机周りの整理整頓。メールなど。今日は、原稿料の振込先を知らない方にメールした。こういうことは先に聞いておけばよいのだが、20号にもなってそういう段取りすらままならない。
 そういえば、

自分にできることと、やりたくないこと、食べていくためにやらなければならないことははっきりしていた

と、堀部篤史さんが誠光社をはじめる前に考えたこと?として書かれていた。(「BOOK5」20号、P32)
 「やりたいこと」ではないのである。これはとても大事なことだ。
 私自身、就職活動のときも、よく「やりたいこと」ではなく「できること」を、とよく言われた。そのとおりだと思うが、20台前半というものは人間も今より出来ていないころで、やりたくないことはハッキリしていたが、できることは把握すらできなかった。やりたいことを優先させてきてしまった気がするし、それを優先させてしまったからこそ今骨を折っているのである。
 マンガを描いていた時もそうで、やりたいことはマンガを描いて喜んでもらうことだったが、その時に感想(いい悪いどちらも)を言われたりするのはすごく嫌で、印刷されたものを見るのも恥ずかしかった(しかし保管欲は強い)。それは活字の原稿でも同じで、いまだに自分の原稿が載った雑誌の誌面は見たことがない(封筒に入れたまま保管)。ゲラも遠目で見て修正していたし、自分が編集した冊子もほとんど読み返さない。直しを入れられるのはまったく頓着がない(文意がかわらなければいい)が、人の文章に手を入れるのはすごく抵抗がある。企画を考えるのは楽しいが、完成させる過程は苦手で、人と少し会うのは楽しいが、深い付き合いをするのは難しい。そういった細かい部分がようやく開けてきた気がする。